越後村上の鮭

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村上の鮭

村上の人たちは鮭をこよなく愛し、村上ならではの多彩な料理法で鮭を頭から尻尾まであますことなく味わい尽くします。その鮭料理の数は百を超え、鮭を愛する地元の人々の昔からの知恵と工夫が生きています。
鮭の一人当たりの消費量では村上市は日本一を誇ります。

鮭と村上の関わり  長い歴史の物語

塩引鮭

「鮭のまち」として知られる新潟県村上市。
その調理法は100種類を超えるといわれ、
身はもちろん頭や内蔵、中骨や皮に至るまで
捨てることなく味わいつくします。村上の人々はなぜ、それほどまでに鮭を大切にするのでしょうか。 
村上と鮭。
その歴史は古く、平安時代には
遠く京都の王侯貴族に三面(みおもて)川の鮭が
献上されていたことが記録に残っています。 
江戸時代には村上藩の主要な財源となっていた鮭。
しかし江戸時代後期になると、
だんだん不漁になっていきました。 
そんなとき、藩の下級武士・
青砥武平次(あおとぶへいじ)が
世界ではじめて鮭の「回帰性」を発見します。 
回帰性、とは鮭が生まれた川に戻ってくること。
その性質を生かし、三面川に産卵に適した分流
「種川」を設け、鮭の産卵を助けることで
鮭の回帰を促しました。(種川の制) 
いわば世界初の「自然ふ化増殖システム」ですね。 
このことで三面川の鮭の漁獲高は飛躍的に増え、
藩の財政も潤ったのです。 
これによって村上は「鮭のまち」として
全国的に知られるようになりました。
明治時代には鮭の人工孵化にも成功。
それによって得た財源を
旧士族達の子弟教育に使い、
そのことから立身出世した人を
「鮭の子」と呼ぶようになりました。 
米が不作の年には
鮭によって命を救われてきた村上の人々。
一尾の鮭を大切に思い、活かしきろうと
さまざまな料理法を開発しました。  
塩引鮭、焼漬、酒びたし…
そうした先人の知恵と工夫を受け継ぎ、
【うおや】では伝統の手法で
ひとつひとつ丁寧に仕上げた鮭製品を
作り続けています。

 

鮭の村上…小泉の庄

越後村上は平安の昔、小泉の庄と呼ばれ、中御門大納言家(藤原氏)の荘園であり、村上を流れる三面川の鮭も、この頃より都に献上されておりました。

古代、越後からの税は「鮭」でした。
平安時代の中期法典「延喜式」には越後国が納める物品が記されています。

 主計式 上 越後国
   調 自絹十疋 綿 布(麻布),鮭
   庸 白木唐橿十合(衣類、調度品を入れる希) 自余輸狭布,鮭
 中男作物 布 紙 漆 鮭内子并子 氷頭 背腸
 内膳式 贅殿年料
     越後国 楚割鮭八籠八十隻(尾) 鮭児 水頭 背腸各四麻笥 各一斗

越後からは、調・庸として鮭、中男作物として鮭内子并子・氷頚、背腸
年料貢進御贄として楚割鮭(すはやりざけ)、鮭児・水頭・背腸を、
佐渡からは、中男作物として鰒、御贅として穉海藻(わかめ)を責進しておりました。

 

 

 

村上の三面川と鮭

三面川 朝日岳を流れの源とする村上の三面川の清流は、全長41キロ。越後平野をゆったりと流れ、ここ村上で日本海に注ぎます。村上の鮭を語るに越後村上の「三面川」(みおもてがわ)をさけては通れません。 三面川(瀬波河)の鮭のことが出てくる最も古い資料とされるのが次の資料です。


平安時代 長寛三年(1165年)越後国司から出された「国宣」の起案文書の部分
 「但於瀬波河者 有限国領也 就中漁鮭為重色済物 庄家不可成妨」
「但し瀬波河に於いては有限の国領なり。とりわけ鮭漁は重色の済物となす。庄家(庄園の役人)は妨げなるべからず。」                              「新潟県史 通史編1 原始古代 より

鮭は川にのぼって産卵し、孵化した稚魚は海に下って成長します。そして3・4年荒波にもまれ成魚となり、一万数千Kmもの長い旅をして秋、産卵のためにまたふる里の川に戻るという習性をもっています。川にはそれぞれ土地固有の有機物・無機物が溶け込んでおり、鮭は臭覚で自分の生まれた川を識別していると言われています。

三面川 約250年前、この「母川回帰性」を世界で最初に発見したのが村上藩士 『青砥武平冶』(あおとぶへいじ) でした。そしてその後、鮭の自然孵化増殖システム「種川の制」を考案し村上の鮭文化の礎を築きました。種川というのは川の中洲に鮭が産卵する条件に合うように掘って作った川で、鮭の増殖に大きく貢献しました。

帰ってきた鮭が安心して産卵できるよう、三面川の本流をバイパスする河川を作りふ化を助けます。また春、3月になってサケの稚魚が海に帰る季節に川の漁を一切禁じ、川を下る鮭の子を保護しました。まだ誰も「鮭の増殖」など考えもつかなかった時代に、世界初の、「サケの天然繁殖システム」を考案し、三面川にのぼる「鮭の数」を飛躍的に増やすことに成功しました。
         
青砥武平冶以来、「種川の制」によりサケは次第に増え、豊漁がつづき、村上藩に納める運上金も最初は40両程度でしたが、1800年頃には1000両を超えるまでになりました。
これが村上藩の財政に寄与いたしました。


三面川 江戸時代にこのように積極的に、鮭の増殖に力を入れた川は、外にはありません。その後村上では、明治11年アメリカの孵化技術を取り入れた日本初の人工孵化に成功。減少していた鮭の遡上数も、明治17年に73万7千378尾を記録するまでに増えました。これは、単一河川では日本の最高記録になっています。
獲れた鮭から採卵をして、白子をかけ受精させ、育養所と県の孵化場で育てたり,県内の各孵化場に受精卵を送るなど、三面川は文字通り県内の鮭の親川と言えます。現在、鮭の遡上数は2万9千24尾で放流数800万尾ですので回帰率は0.2〜0.3%となっています。

 

村上藩の財政を支えた鮭の運上金

鮭の運上金 「運上金」は、三面川の河口から酉輿屋から対岸の寺尾を結んだ村上藩簡の川を「運上川」とし、村上町大年寄の責仕でその年の鮭の漁業権を入札させ、最高額の入札者がその年の大納屋になって鮭漁を行い、落札した金額を納めさせる制度。

 秋初めに大年寄より「鮭川内見」の案内が川方八町と瀬波町の年寄へ出されます。
(川方八町は村上の町でも三面川に近接した、肴町、塩町、小町、加賀町、庄内町、久保多町、下片町、上片町の八町をさします。)

川絵図が作成され、漁場が決定されます。

藩の役人たちが、鮭川御見分し、川方八町の年寄を通して入札が行われ、大年寄が開封、落札者が決まりました。落札者一人が請け負う納屋となります。

漁期は十一月いっぱいで、納屋が網子を雇います。

十一月廿日には運上金を上納します。

この制度により、藩の鮭の運上金は格段に増えました。



うおや初代助五郎と鮭

越後村上うおやは寛政年間、初代上村助五郎が鮭の元売業を起こし、以来さかなと共に200年、現在の店主で九代目を数えます。

古い文献には文政元年(1818)九月十九日肴町助五郎(上村氏四十六歳)が鮭川入札でその年の鮭の漁業権を金1317両で落札。
翌20日には網子7,8人と羽黒神社に参詣し祈願したと記述があります。(江見啓斎翁日誌) 
(当時の1両は約13万円とのことですから、落札価格は1〜2億円位の値段だったと思われます。)

<運上金>
鮭のその年の漁業権を入札にして落札した金額を藩に納めさせるシステムで、運上川の入札は、毎年秋の初めに村上町の大年寄りの責任で行われました。
最高額の入札者がその年の大納屋になってサケ漁を行い、落札額を運上金として村上藩に納入しました。
以来200年。
鮭を愛し、こだわり続けて、現在九代目。皆さまには長きに渡ってご愛顧いただき、中には親子二代で買いにこられる方も。
本当にうれしい限りです。
 
これからも村上ならでは、【うおや】ならではの美味を 全国の皆さまにお届けしてまいります。
村上にお越しの際は、お気軽にお立ち寄りください!


鮭の母川回帰 三面川で生まれた鮭は,4年後産卵のために三面川に帰ってきます

冬季に日本の各河川の母川で生まれたした白鮭の稚魚は、しばらく母川河口流域でくらし、   

寒流が戻る初夏までにはオホーツク海へ回流して1年目はそこで過ごします。   

2年目からベーリング海とアラスカ湾を回遊しながら肥育し、
体が成熟する4年目に千島列島沿いに、日本海側の各河川へは宗谷海峡を南下し   

産卵のため生まれた川を目指して戻ってきます。

 

鮭は、海洋で生活して川へ戻ったもののうち、平均的に90%以上が母川支流へ帰り、  

母川以外の川へ帰ったものも、その多くは母川の近くの川へ遡上するといわれています。   

鮭の母川回帰のメカニズムはまだまだ謎の部分が多いとされています。

 

母川にサケ・マス類の母川回帰には嗅覚が大きな働きをしていますが、   

母川水のニオイを感受できるのは河口からの短い距離に限定されます。

 

長距離回遊に関与する大きな方向を知る感覚機能は地磁気とか、太陽コンパス説、  

 磁気コンパス説、海流説とか諸説あります。  

 

上流の土壌や動植物生態系、微生物活動の違いにより川固有の「におい」があります。  

鮭はこの川固有のにおいを憶えて帰ってくることは、いろいろな実験でも裏付けられています。  

しかし、いつ覚えるのか、どのくらいの長さの時間で覚えるのかなどはまだ不明です  


最近の研究では、川にはまわりの土壌や植物由来の複数のアミノ酸が含まれていて、  

その中で季節・年変動しないアミノ酸の組成が識別に重要である可能性がいわれています。  

 

 

 三面川の鮭はダイレクトに川に戻るのではなく、一旦沖合いを通り過ぎてから、   

新潟沖,或いはその先で反転して、沿岸を北上し、主に川の匂いを探しながら  

三面川まで達しているとされています。  

村上の鮭料理


塩引鮭は郷土村上の逸品

塩引鮭

鮭のまち・村上に伝わる100種類を超えるといわれる鮭料理。
中でも代表選手と言えるのが塩引鮭! 例年大人気を誇るこの塩引鮭こそは まさに「村上ならでは」の逸品です。 
材料は鮭と塩のみ、添加物を一切使わず 自然の力だけで仕上げる究極のスローフード。 そして村上独特の厳しい寒風も 塩引鮭をおいしく仕上げるためには欠かせません。
鮭と言えばおなじみの「新巻鮭」との 最大の違いはまさにここ!
 適度な低温と湿度、そして北西の潮風が運んでくる 塩分と乳酸菌。
これらの要素が絶妙に組み合わさって低温発酵を促し、 鮭の持つ旨みを極限まで引き出すのです。
こうしてできあがったおいしい塩引鮭。焼いて食べればわかるその熟成された旨み!皮もぱりぱりっとおいしく食べられます。
日本酒との相性は抜群!至福のひとときです(^^) 村上では昔からお正月に欠かせないこの塩引鮭。
今ではすっかり全国区となり、 ギフトにご用命いただくことも多くなりました。
老舗【越後村上うおや】が心をこめて仕上げた 自慢の【塩引鮭】を、ぜひご賞味ください!


主な村上の鮭製品

【鮭の醤油はらこ(いくら)】
鮭の醤油はらこ(いくら)素材を生かした仕上がりきらきら大粒のはらこ(いくら)をうおや特製醤油に漬け込みました。素材の良さが生きる絶妙な味付けは  【越後村上うおや】ならでは! 他とはひと味もふた味も違います。
ほかほかごはんにたっぷりかけるのが最高!お口の中でぷちっとつぶせば中身はとろ〜り。  生臭さはまったくなく、食べ始めたら止まらないおいしさ!
鮭の醤油はらこ(いくら)はご飯との相性抜群。ほかほかご飯にたっぷりかければまさに至福のひととき。


【鮭の味噌味噌漬】鮭の味噌漬け
厳選した鮭を特製味噌にじっくり責け込み、
ひとつひとつ心をこめて造りあげたご老舗の味。
味噌の香ばしさが食をそそる鮭の味噌漬
程よい脂で、外はパリっと、中はしっとりとして美味!
焼き上がった皮もまた絶品です。 じっくりとしみ込んだ味は
どこか上品で飽きのこない味。
思わず頬の緩むおいしさです。


【塩引き鮭】塩引き鮭
塩引きとは最高の秋鮭を最高においしくいただく、
村上伝統の味です。
塩引き鮭が 新巻鮭と違うのは、「寝かせる」「磨く」「干す」という工程を
経ることによって熟成させ、うまみを増すこと。
その独特の風味と、絶妙な塩加減が食欲をそそります。
鮭と塩のみを原料に、保存料・添加物を一切使用していません。
自然のおいしさを安心してご堪能いただけます。 


【鮭の焼漬】鮭の焼き漬け
鮭の焼漬は元々は保存食として各家庭で作られていたもので、その作り方は生鮭を白焼きにし、熱々をだし醤油に漬け込む という至ってシンプルなもの。
それだけにこの「だし醤油」の味がポイントとなります。
【うおや】では秘伝の特製醤油を使用、しょっぱすぎずほどよい塩加減と旨みのある
仕上がりになっています。焼き魚でありながら煮魚のようなしっとりとした食感。
しかも冷えても固くなりません。 


【鮭の飯寿司】鮭の焼き漬け
鮭の飯寿司は厳選した鮭の薄切りと数の子、にんじん,大根、はらこ、氷頭、ゆずを糀で仕込んだ自然食品です。ご飯の甘さと乳酸の酸っぱさのバランスが絶妙。
日本酒によくあい食通に喜ばれる伝統料理。
鮭の飯寿司は村上地方のお正月の味として古くから親しまれてきたふるさとの逸品です。
嵐山光三郎のうまいもの探検(東京新聞)で弊店の鮭の飯寿司が紹介されました。




【鮭の酒びたし】鮭の酒びたし
鮭の酒びたしは鮭の食文化が根付いている村上の高級名品。
鮭の産地で名高い新潟・村上で古くから保存食として
親しまれてきた「鮭の酒びたし」はお酒をふりかけると
一層おいしくいただけることからついた名前です。
日本海の寒風にさらして乾燥させたこの珍味は、
鮭の持ち味が程よい塩加減で生かされており、
お酒の肴にぴったり。

鮭百選

村上三面の鮭御膳 百選を味わい尽くす会」第1回 鮭御膳お品書き

村上の鮭百選

頭・・・鮭の氷頭なます 鮭のほっぺた味噌 鮭のすっぽん煮 鮭のほほ肉ポンズ
皮・・・鮭の卵皮煮
身肉・・・鮭の塩引き 焼漬け 鮭の川煮 酒びたしマリネ 鮭の姿揚げあんかけ
鰓・・・鮭のかげ唐揚げ
内臓・・・鮭のどんびこ煮 鮭のめふん
卵生巣・・・ 鮭のはらこ味噌漬け、鮭の醤油はらこ、白子揚げ
複合・・・ 鮭の茶わん蒸し 鮭しんじょ 鮭の大根煮  鮭の白子と村上牛煮物 鮭の飯寿司


村上三面の鮭御膳 百選を味わい尽くす会」第2回 鮭御膳お品書き

村上の鮭百選 第二回

頭・・・鮭の氷頭かほり漬
身肉・・・鮭の煮塩引き 鮭の温燻 鮭の昆布〆 村上牛と大根煮 根菜紅白煮

     酒びたしと鮭醤油のパスタ ソテー酒粕ソース 鮭の菊花揚げ サーモン寿司

     鮭てりぃぬ 塩引きせんべい
卵生巣・・・ はらこ飯  鮭の白子豆腐
内臓・・・メフン炙り焼き どんびこ塩焼き
複合・・・ 茶碗蒸(白子入) 身肉と白子グラタン けんちん蒸し 鮭の粕汁 冷製ゼリー寄せ

 

村上三面の鮭御膳 百選を味わい尽くす会」第3回 鮭御膳お品書き

村上の鮭百選 第三回

頭・・・氷頭味噌漬

皮・・・ 鮭皮から揚げ

身肉・・・鮭かほり漬 白菜との中華風 大根とのバルサミコ風味 辛しあえ 鮭の旨煮

           ねぎ 鮭味噌 鮭トバ 鮭の湯引き 鮭の昆布巻 飛龍頭(がんもどき)

 鰓・・・鮭のカゲなます 鮭のカゲ味噌

内臓・・・ちゅう 鮭メフン どんがら煮

卵生巣・・・ 鮭白子南蛮漬け はらこ飯

複合・・・ 鮭の塩釜焼き 飯寿司 雅汁(がじ)

鮭(いお)の話 中村直人氏(寄稿)

鮭(いお)

サケマスのなかまは世界中にたくさん生息していますが、そのなかでも鮭中の鮭は6種類とされています。さらに1988年にはニジマスも仲間であることが判り7種類となりました。
 このようにサケマスは分類が難しく、最近お馴染みのアトランティックサーモンはマスに分類されます。イワナ、シシャモ、アユ、ワカサギなどもこの仲間にはいりマス。

鮭のいろいろ 

鮭川(村上三面川)のかおり

村上市の北部を流れる三面川は、東北南部のブナ原生林である朝日連峰の源流から海までの河川距離が41kmであり、流域にダム以外の障害物や水質汚染源もなく、さらに源流のみならず流域各地にもブ
ナ林が点在しています。そしてブナ林の豊富な生成物が希釈されることなく、そのままそっくり海へと注いでいます。河川分類上は二級河川であり短距離なだけに深い大河とはならず、むしろこれが幸いとなる第一級の鮭川要因といえます。
実際10〜5km未満の小川や澤が幾筋も存在しています。
さらに日本海側はしばしば山を降りたところがすぐに海である、と表現されるところが少なくありませんが、海寄りの山北さんぽく村沿岸に至っては川を形成する間もなくブナ林の源流が沁み水として、海へと注がれる地形環境が森林帯分布図からも読み取れるほどです。
こうした天賦の恵みが注がれた沿岸の代表的景勝地笹川流れに至っては海域一帯が鮭を呼び寄せている、といった表現も大袈裟とはいえないでしょう。鮭以外の貝や海草や魚類も豊富でかつ新鮮で滋味にあふれた状態で、周年にわたり生息してゆけるのは鮭川の最大の恩恵といえます。


鮭川の恵み

サケに選ばれた川
 いくつかの鮭川条件を要約してみますと次のようになります。
  ・酸素を多く含んだ流れ、つまり湧水質の淡水清流源が必要
  ・清流に運ばれた養分がもたらす生態環境と、"匂い"が必要
  ・溯上に適した、"淵と樹陰"が必要
  ・産卵と孵化に適した、浅瀬で砂礫質の川床が必要
  ・生態環境を熟知し、採取・再生循環させる人々の知恵と努力


鮭/さけとしゃけ

日本各地で親しまれている鮭ですが、その呼び名には不思議な飛び地的傾向が読み取れます。
回帰流域の一般庶民の口からその時代の支配層への献上物や珍重品へと、
捉えられた後でも出世溯上してゆく鮭の行動力を想像力を駆使して迫ってみたいと思いマス。
  ・むかしむかしから鮭は交易品だった
  ・そのむかし鮭はお供え物や献上品だった
  ・鮭は北日本のみならず古東京湾にも溯っていた
  ・すこし昔鮭は褒美や贈答品として江戸よりくだされていた


古岩船潟のおもかげ

平成の現在では日本有数の穀倉地帯を誇っているここ北越後の古代から中世にかけての地形は、
幾多の河川からなる河口に大きな古岩船潟(琵琶潟)が形成される汽水流域でした。
そこから獲れる鮭に代表される魚類や水海産物は地域を潤してくれていました。
 信濃川以北の古越後平野には大小幾つもの潟が存在し、
それらは一連の運河水系を成していたことが研究事例から解明されています。
畿内から蝦夷松前地区にかけての北前船が発達した背景とされ、
内海として航海の安全を支えていたことが想像されています。

 

鮭(いおぼや)と古環境 天地語(あめつちご)で読み解く

 

鮭川と地名考

いおぼや 鮭と古環境-都岐沙羅


古岩船潟のおもかげ (pdf) 


塩引き

塩引き鮭はその独特の製法と風土気候の醸し出す相乗効果で、
他の鮭加工製品とは隔絶の違いを生み出します。
手間を惜しまない伝統の製法が今日まで受け継がれている、
人と風土が織り成す生活文化の独自性を形成しています。
鮭を食べることに、"やかましい"人たちが多いのも
自慢といえます。

塩引きとは‥

 塩を引くとは全体に隅々まで行き渡らせるというのが本来の意味で、
その引き方の匠みが味の決め手の全てといえます。

いったん塩を擦り込み(加え)塩漬けにした後に、洗い流す(引く)製法は
この引き方の妙理として重要な必須工程といえます。

その量と時間の手加減が甘口とも辛口とも、例えようのない多彩な風味の源となります。
 加える物は塩のみ、と極めてシンプルな材料と燻製などの味付けをすることもなく
完成された深い味わいは、生ハムのハモンセラーノ製法に匹敵する
郷土が誇る伝統風味といえましょう。

 

塩引きのもたらす味わいの由縁
1.塩を擦り込む(加え)ことによる効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度[最大]
・全体的な殺菌作用
・浸透圧吸引による身(細胞)の引締め―――――旨みの凝縮
・遊離水の除去―――――――――――――水っぽさの除去
・水溶性雑味の除去――――――――――――アク味の除去
・基本的な下味付け

2.塩抜き(引く)の効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約[最少]
・流水による下味以外の塩分濃度の除去
・部位ごとの塩分濃度勾配が形成される

3.丁寧な仕上げが生む効果
・表面や皮全体を磨き上げる――――ヌメリなどのアク味の除去
・しごきなめすことによる粘化硬化――身肉の穏やかな干燥促進

4.自然の寒湿風干発による効果‥‥‥塩分濃度[+2]
・塩分濃度勾配ごとの熟成(微発酵)段階の多様性が形成される
・乳酸発酵と熟成による旨み成分である遊離アミノ酸の増量
・半乾燥状態により中期保存性が向上する

5.熟成を継続させる追熟効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約[+4]
・さらなる内部細胞の引締めでアミノ酸と脂分の融合析出が生じます
・塩分濃度の上昇により長期保存性へ移行します

 素材の持ち味もさることながら、これれらの製法、風干発酵、追熟による多
様性が幾く段階にも折り重なって重層をなして独特の風味が醸し出されていきます。

 冬の寒風に適度の湿度が保たれる、アジア温帯モンスーン帯に属する日本のなかでも、
日本海側の北陸以北に限られ、さらに山塊の織り成す特異な風質といった天賦の賜物
といえる由縁がここにあります。

 塩分が乾燥して結晶化することもなく、しっとりとした食感を保ち続けながら
素材と熟成を重ねて渾然一体化しているありさまは、塩熟(えんじゅく)しているとし
か例えようがない深い風味となり、上質な風情をもたらす逸品に仕上がっていきます。

 

鮭の栄養/効能


【アスタキサンチン】
アスタキサンチンは、自然界が生み出す代表的な色素カロチノイドの一種で、キサントフィル類の仲間です。β-カロチンなどと同じ仲間で、サケ・エビ・カニや海藻などの魚介類に多く含まれる赤橙色素です。その抗酸化力はビタミンEの1000倍にも達し、「史上最強のカルチノイド」と言われています。
魚介類に多く含まれるルテイン・リコペン・β-カロチンといった抗酸化物質としてのカロチノイドは、生物が活性酸素から自分を守るために身につけたと考えられます。
  「サケは泳ぐ栄養カプセル」(鈴木平光・徳立行政法人食品総合研究所機能生理研究室長)2004.2.14《日本経済新聞》

<サーモンピンクはアスタキサンチンの色>
サケはもともと白身の魚なのです。稚魚が降海し海中の微小プランクトンを捕食し成長していきながら北洋域に達すると、そこには動物性プランクトンであるナンキョクオキアミが豊富に生息しています。
このナンキョクオキアミを捕食することで、そこに含まれる赤橙色のアスタキサンチン色素と本来の淡黄色の白身が混ざり合い、お馴染みのサーモンピンクの優しい色調が形成されるのです。アスタキサンチンはサケ以外でもタイやキンメダイ、カニやエビの甲羅にも含まれますが、サケほど多く含む魚はいないとされ、これはまさにサケ特有の色といえます。
 

鮭の日

鮭の日

「鮭」の旁の「圭」を分解すると「十一十一」になることから11月11日は鮭の日と1980年代後半に村上市の日制定委員会がPRのため制定しました。 ちょうど秋鮭の最盛期にあたり、鮭の恵みに感謝して鮭魂祭などが催されます。
ご存知の通り村上は歴史ある「鮭のまち」。
平安の昔から鮭と共に生き、江戸時代には世界初の人工孵化増殖システムを開発。
鮭の調理法は100種におよぶと言われ、現在一人あたりの鮭消費量では日本一に輝いています。その村上で村上市の日制定委員会が1987(昭和62)年に制定したのが「鮭の日」です。鮭のよさをもっと皆さんに知っていただき、おいしく楽しんでいただこうというのがその趣旨。ちなみに村上では毎年11月11日には「鮭魂祭」を行います。
鮭を神殿に奉納し、自然の恵みに感謝する行事です。

村上の鮭をご紹介いただきました


YUCARIで塩引き鮭が紹介されました 

銀色から飴色に輝く塩引き鮭

米どころ新潟県のソウルフードを食べに 塩引き鮭

銀色から飴色に輝く塩引き鮭は、村上の厳しい北風にさらされておいしく発酵する

最初は山形県に近い下越地方、村上市。この地方で獲れる鮭は平安時代から宮廷へ献上されていたという歴史ある魚で、新潟県ではお正月のおせち料理に使う「年取り魚」として欠かせません。長期保存のために考案された「塩引き」という加工は、秋鮭を塩漬けしたのち、丁寧に塩を落として皮を磨き、塞風にさらした干物で、民家の軒に吊るしか姿はまさに冬の風物詩。頭から尾ひれの完まですべて食べっくす新潟県民。その料理はなんと百種類以上に上るそうです。

冬の風物詩「塩引き鮭」は神様へ捧げるご馳走!

特別に作っていただいた鮭料理。手前左は「塩引き鮭の塩焼き」。その上から時計回りに、地元でしか食べられない新鮮な「鮭の白子の刺身」、腹子も入って贅沢な「鮭の飯寿司」、頭の軟骨を使う「氷頭なます」、銘酒に浸けていただく「酒びたし」。他にはらわたを使った汁物など、頭から内蔵まで余すところなく調理される。

村上城の城下町。黒塀の風情ある街並みが続く 「町人町」の一画で、200年前から「塩引き鮭」を
作り続けてきた老舗「越後村上うおや」さんへ。ここでは若くて形の良い鮭を選んで、美しい塩引き鮭を作ります。
まずは数日間の塩漬けに。その後水で塩を洗い流し、丁寧に皮の表面を磨く細やかな作業が特徴です。
その後、「鮭工場」の2階に作られた天井の高い干し場で、北西の寒風に数週間さらすのですが、
その間に発酵が起こり、うまみ成分が熟成されるのです。
 今でも新潟県ではこの塩引き鮭をお歳暮や贈答品として使います。大晦日には神様に捧げ、「年取り魚」として食べるのが習わし。鯛より、獅よりありがたい、魚の王様なのです


ぷらっとわがまち村上市 塩引鮭作りと鮭料理が紹介されました 

塩引鮭作り実演

 

塩引鮭作り実演 まずは塩引用に下処理をします。

表面のぬめりを取っていきます。

次に塩を刷り込んでいきます。

これで一週間ほど寝かして塩出しした後吊るし上げの作業です。

塩引鮭は村上の風にさらすことによってより旨みがギュッと詰まるということなんです。

 

最後に明るさとパワーで鮭をいっそう美味しくしてくれる皆さんと一緒に

 

 

 

BS−TBS それが知りたい ニッポンおもしろいンネ 塩引鮭が紹介されました

軒先の塩引鮭は冬の村上の風物詩。

ぶっつけ本番 路線バスの旅 〜初冬の新潟 旬との出逢い〜で

塩引鮭が紹介されました


軒先の塩引鮭は冬の村上の風物詩。

江戸中期、村上藩の下級武士が世界で初めて鮭の「回帰性」を発見!この習性を利用した増殖方法を確立し、四万石の藩の財政を支えたのだそうです。
塩引鮭は新巻鮭とは違って鮭を塩漬けにし、適度な湿気の帯びた季節風にさらすことで熟成した旨みを引き出します。 そして頭からではなく尻尾から干すのが村上の伝統なんです。
 

捨てるところのない村上の鮭

鮭の至る所を食べ尽くすのが村上流。
心臓の「どんびこ」をはじめ、鮭料理は100種類以上あるそうです。なかでも賀集くんが気になったのは珍味「酒びたし」というもの。おすすめの居酒屋さんで体験した「酒びたし」。お酒をかけて食べるとさらに鮭の身がお酒を吸い込んでさらに柔らかくなってお酒のおつまみに最高なんだとか。お店のご主人曰く「村上には3つの“サケ”があるといいます。一つはおいしい“鮭”。そしてもちろん“酒”。そして村上の人の「な“さけ”」。3つのサケが待つ冬の越後路に路線バスで出かけてみませんか。

 

朝日新聞 秋の村上へ村上歴史文化散策 鮭・酒編

村上歴史文化散策 鮭・酒編

11月11日は「鮭の日」

村上の文化で特に代表的なモノと言えば「鮭」です。
鮭の一人当たりの消費量が日本一である村上市では、鮭という幹事が魚へんに十一十一と書くことから
11月11日を「鮭の日」に制定しています。
来年には、鮭が生まれたか川に帰る修正「母川回帰」に世界で最初に着目し、村上の鮭文化の礎を築いた人物である青砥部平治の生誕300年を迎えます。歴史ある村上の鮭を是非一度ご堪能下さい。

百を超える鮭料理

村上の人々は鮭をこよなく愛し、百種類を超える調理法があるといわれています。 頭の軟骨は「氷頭なます」、身は塩引き鮭や味噌漬、焼漬、薄切りの鮭と野菜や数の子を 麹で仕込んだ「飯寿司」、鮭のすり身に刻んだ鮭の皮やイクラを合わせてつみれにした「卵皮煮」と 村上ならではの多彩な調理法で鮭を頭から尻尾まで味わい尽くします。 鮭の加工品などを扱う越後村上うおやにも、塩引き鮭や醤油はらこ、鮭の味噌漬といった 数々の鮭の商品が並んでいます。その味はどれも絶品。是非一度ご堪能下さい。

 

 

旅サライ 越後北端の城下町の独特な食文化

下越村上の鮭を堪能する

村上の人々と鮭の付き合いは長く濃密で、
独特の鮭料理の文化を築いてきた。
代表的なものが塩引き鮭だ。
捕れた鮭を塩にI週間ほど漬け、身にしっかり染み込んだところで半日ほどかけて洗い流す。そして秋から冬の乾燥した風に晒して自然に熟成されるのである。 「今は少なくなりましたが、まだ家庭で塩引き鮭をつくる人がいますよ。干す日数を長くすれば乾燥が進む。短ければ生の風味が残る。家庭それぞれに干し方があるんですね。短く干すのも、長く干すのも楽しむ人が村上には多いかもしれない。それほど、鮭との付き合いが深いんですね」

創業200年という村上随一の歴史を持つ塩引き鮭専門店『うおや』に新築されだ乾燥場。
天井と4面の壁から自然の風が吹き込むつくりだ。

 



村上の鮭ご紹介

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鮭

越後村上うおや サイト  0254-52-3056  http://www.uoya.co.jp