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  • 越後村上うおや直営の和食「海鮮一鰭」オープン! 2013年9月

    越後村上うおや直営の和食「海鮮一鰭」、塩引鮭御膳や海鮮はらこ丼がオススメです

    海鮮一鰭

    『 一鰭(いちびれ)とは 』これは鮭の胸びれについている【カマ】の部分のこと。

    「海鮮一鰭」「鮭、お客様に感謝」

    鮭の「一鰭」は一尾から二つしかとれない大変貴重なものです。鮭のまち・村上ではお正月料理ももちろん鮭が主役。昔から大晦日の「年取り魚」として塩引鮭が食されてきました。貴重な「いちびれ」は、年神様へのお供え物。神様にお供えした後は、一家の大黒柱しか食べることを許されなかった【一鰭】。

    それは、この【一鰭】が鮭が生まれた時から一生を終えるまで一時たりとも休むことなく動き続け、果ては体が止まっても動き続けた、という故事に由来します。それだけ強い生命力をもつ場所として、一家の大黒柱がそれにあやかるべく食したといわれます。

    大町文庫とは

    村上市の開業医 瀬賀弘行さんが2013年9月15日、越後村上うおや隣に私設の図書館・大町文庫を開設しました。ご自身の蔵書ではなく今は亡き高校時代の恩師の蔵書を貯蔵するためです。この文庫は故八木三男先生、故大嶋久夫先生、故本間桂先生のお人柄と教養とを忘れないために建てられました。1,2F合わせて約50坪の床面積におよそ1万冊を収容できます。来場者にはくつろいで本を楽しんでもらいたいと椅子と机を配置、コーヒーやご昼食を注文することも可能です。大町文庫の運営は越後村上うおやが行っております。

  • 店内


    海鮮一鰭 店内 32席
    11:00から16:00(L/O15:00)
    定休日 木曜日 (お人形さま巡り等のイベント期間中は定休日なし)
    住所 新潟県村上市大町4-5
    電話 0254-75-5610


    大場喜代司氏作 新村上城下絵図
    縦1.38に、横2.65メートルの鳥瞰図。下渡山から見下ろした江戸時代の城下絵図で克明に再現されております。絵図には村上城の天守閣や江戸期の初めにはなかった藩主が住む書院なども描かれ、屋敷や堀の位置なども検証して正確に再現されています。

    「海鮮一鰭」メニュー

    食事メニュー




    ドリンク・デザートメニュー


  • 一鰭(いちびれ)名前の由来 中村直人氏寄稿


    大町の「うおや」は命名当初、「魚弥」と書き表わされていました。これは8代目の上村正弥(まさや)さん(89才)の名前に因んでいます。(それ以前の屋号は5代目の名前、弥蔵(ヤゾウ)でした)

    上村さんは兄弟が多いのが当たり前だった時代に男5、女2の1番目として大町で生まれました。「弥」というのは数の多いこと、幾重にも重なるといった意味を持ち合わせています。これは数に置き換えると、「八」を充てることになります。

    一方奥様の八惠子(やえこ)さんは(20)才で岩船から嫁いできてから六十年もの時を店の切盛りと仕込みと従業員の世話と子育てを数々とこなし続けてきました。多くの思いやりや恵みや包容力や賢さを持ち合わせるという意味の名前の如くに、現役をひた走ってきましたここでこのお二人の名前には、共通の意味を持ち合わせていることに気付きます。「弥」=「八」=「多くのことを、 多くに行き渡らす」と読み解けますので、ご主人はいい(正)と思えることを多くに広めてゆく、奥様は多くの人に思いやりや恵みを広めてゆくとなります。併せることで、家業を通していい(正)と思えることを多くの人に恵み広めてゆくとなるように思えます。すなわち新鮮で美味しい魚を多くの人に広めてゆくこと、これはこの店そのものを表わしていると思えてなりません。

    八惠子さんの一声(ひとこえ)で命名された隣接店の「一鰭(いちびれ)」とは、丹念に仕込まれた鮭の塩引きのなかでも一番身の締まった胸鰭(むなびれ)の貴重部分をそう呼び習わすことによります。村上では神とも呼ばれる鮭の魂は街の中にも漂っているように感じられますが、羽黒町~上町~大町~小町を結ぶ三面川へ向かう南北の街並み(背骨)に魚体が宿っているとなぞらえると、ちょうど大町辺りが胸鰭に位置していると例えることができます。街のまん中で鮭も見守っていますよ、とお告げがあったような一声の出来ごとだった!と今でも思っています。

  • メディアで紹介

    うまい店

    海鮮一鰭は様々なメディアで取り上げられました

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